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〜理科の時間の寝言〜
『天然ものの環境ホルモン』
 
 環境ホルモンと聞くと普通、テレビで放じられていることが思い出されるかと思う。
ところが私の場合、環境ホルモンと聞くと殺虫剤のことを、それも、DDTなどの代表
的な環境ホルモンのことではなく、「殺虫」自体のことを連想する。

 アイザック・アシモフ著作の科学エッセイ(早川文庫 15冊ある)は大変面白い。こ
の本は科学の知識が無い人用に書かれており、教養のない私にでもすんなりと読める。
 この本にはたくさんの興味深い話が書かれているが、その中の一つに、殺虫剤のこと
が書かれていた。

 殺虫剤の目的は、他の人畜には直接的な害を与えることなく、昆虫だけに影響を及ぼ
して死に至らしめることだ。だから、その成分としては、殺すべき昆虫の体内だけで化
学反応が起きるような特殊な有機化学物質が使われているらしい。
 昆虫の体内だけで起こる化学反応とは一体、どんなものなのだろうか。幼虫ホルモン
と呼ばれるものを例にとってみよう。

 人間でも成長ホルモンがあるように、昆虫にも成長ホルモンがある。幼虫ホルモンも
その一つだ。
 卵から孵り幼虫になるときに分泌され始め、幼虫が成長して蛹(さなぎ)になるときに
分泌が止まる。幼虫ホルモンは、幼虫であろうとする力が働くものであり、幼虫である
ときにだけ必要なホルモンなのだ。
 もし、幼虫ではないとき、つまり卵や蛹の時に幼虫ホルモンが働いてしまうと、その
虫はまともに成長できなくなって死んでしまう。卵は未熟なまま孵化を促されて死んで
しまうし、蛹は成長を妨げられて羽化できずに死んでしまう。

 ある研究者たちが、カメムシの幼虫ホルモンを研究していたところ、妙なことに気づ
いた。
 ヨーロッパの研究室でこの幼虫を飼育するとほぼ全部が成虫になれるのに、アメリカ
の研究室で飼育すると、なぜか羽化できずに蛹のまま死んでしまうのだ。
 アメリカでの飼育環境をヨーロッパのと似せてみても、何度やり直してみても蛹のま
ま死んでしまう。
 その原因をいろいろ探ってみたところ、興味深いことがわかった。カメムシの蛹が成
虫になれるかなれないかは、どうやら、飼育箱に入れていた「紙」に依存するらしい。
つまり、ヨーロッパの紙なら成虫になれて、アメリカの紙なら成虫になれないのだ。

 アメリカ製の紙の原材料にはバルサムモミが使われており、そのバルサムモミからカ
メムシの幼虫ホルモンと酷似した有機物質が分泌されていることがつきとめられた。
 この幼虫ホルモン様の有機物質が、カメムシが蛹から成虫になるのを阻害し、死に至
らしめていたのだ。
 バルサムモミが分泌する物質はまさに、カメムシにとっての天然の環境ホルモンであ
り、かつ、天然の殺虫剤となっているわけだ。

 バルサムモミの他にも、植物の中には、害虫に食い荒らされないよう自己防衛機能と
して昆虫ホルモン様物質を分泌するものがある。
 このような植物だって、立派な環境ホルモンの一つとして数えられるはず。だが、だ
からといってそんなことを気に留める人は誰もいないようだ。環境ホルモンといえども、
天然ものには良品印が押されるらしい。

散歩  15/Dec/1999

寝言