TOP
記録室
秘書室
応接室
図書室
美術室
外交室
 
M式分類法
〜ファンタジーとSF〜
 はじめに

 「極度に発達した科学は、魔法と区別がつかない」という、有名な言葉で表されるように、ファンタジーとSFを明確に区別することは、極めて難しいことです。この言葉に従えばすべてのファンタジーはSFである(またはその逆)と言えるでしょう。
 しかし、「指輪物語」がSFコーナーに置かれることは、まずありません。同様に「スターウォーズ」をファンタジー映画として紹介することもないでしょう。
 本稿では、ファンタジーとSFの違いを明確にし、いずれのジャンルで物語を創作すべきかについて述べていきます。


 1.ファンタジー

 ファンタジーという分野は、古いようで新しいものです。
 人間が言葉を発見して以来、様々な物語が生み出され、神話、伝説、伝承の形で伝わってきました。西洋におけるアーサー王伝説、日本のヤマタノオロチなどは、その類たるものでしょう。
 トールキンの「指輪物語」が発表されるまで、その何世紀にもわたるあまたの物語を統合再構築し、明確な形を作る試みはありませんでした。それらは、民族学や伝承学の範疇におさまっていたからです。(トールキンは、「中つ国」という架空世界を作り上げました。森に住む長寿のエルフ、山に住む頑固なドワーフ、性悪なオーク、ゴブリン、トロールなどの種族など、現在のファンタジーで使用されている設定は、すべてここから始まっているといっても過言ではないでしょう。)
 その発生過程故に、ファンタジーで設定される世界は、人間の過去の歴史に基づく物になります。範囲は、人類発生時点から、科学が発生する前まででしょうか。「科学の発生」としては、銃器の発明か、産業革命があげられますが、大部分の作品では銃器が存在していないため、前者が採用されることが多いようです。
 また、世界を特徴づけるために「魔法」という概念を取り入れることも行われています。
 残念ながら、実際の歴史において「魔法」が存在したかどうかは不明です。
 古いお話に登場する魔法は、大はモーゼが神の力を借りて起こした様々な奇跡、小は日常生活を便利にする(部屋をきれいにするなど)、多岐にわたります。
 アーサー王腹心の魔法使いマーリンは、魔法で幻覚を見せたり、霧を出したりしていました。「指輪物語」のガンダルフは、さらに火の玉を打ち出したり、雷を投げつけたりすることができました。この差は、執筆者の科学知識によるところが大きいでしょう。名も知れぬアーサー王伝説の語り手には、炎や雷の発生プロセスを想像することさえできなかったでしょうから。
 「指輪物語」が、ファンタジーというジャンルの礎となった時に、こうした魔法観も一緒に受け継がれることになりました。すなわち、科学技術を魔法という言葉に置き換える、という手法です。この発想は、あまりにも強い魅力で書き手をひきつけました。なにしろ、複雑な科学考証を設定する必要なしに、登場人物に極めて強大な力を与えることが可能になったからです。この傾向は加速し、とくに和製ファンタジーと呼ばれる分野では、小説、コミックともに、魔法と科学の境界線は急激に薄れているようです。
 ファンタジーを代表するドラゴンという存在は、古い物語では多種多様にわたっていましたが、やはりトールキンによって一つの形が与えられました。すなわち、巨大な爬虫類的外観、四つ足と翼を持ち、ずる賢い知性と長い寿命を誇り、人間とは比較にならぬ力を持つ、というものです。生物学的に矛盾だらけの存在ですが、何しろ魔法のある世界ですから、現実的か否かは問題ありません。面倒な生態系を考えることなく、恐ろしくも特徴的な怪物を登場させることが出来るのですから、このアイディアもまた、ファンタジー作家をひきつけました。(トールキン自身は、神秘性を強調するためにドラゴンなどの人類より古い種族に関しては設定を明らかにしていませんが、オークやゴブリンに関してはかなり細かい設定を話にもりこんでいました。しかし、残念ながらそうした姿勢は、あまり受け継がれなかったようです)
 かくして、古い物語にあった要素が一つの体系となり、ファンタジー小説という分野が確立しました。その特徴は、以下の通りです。

 (1) 文明レベルは、中世までである。
 (2) 銃器は未発達であり、刀剣類を主要な武器とする。
 (3) 魔法という、原理不明な力が存在する。
 (4) 生態系の不明な生物が存在する。

 以後、この基本事項をもとに様々な物語が生み出され、ファンタジーという新しい文学のジャンルが確立したわけです。
 ファンタジーの魅力は、神秘的な魔法や生物に彩られた世界、そこで生きる人々の姿にあると言えるでしょう。


 2.SF

 サイエンスフィクションという言葉が示すように、SFの基本事項は科学です。
 あまりにも急激に発達した分野のため、個々の要素がいつ誰によって語られたのかを突き止めることは、極めて難しいジャンルといえます。おそらく、その起源はジュール・ベルヌにあると思われますが、彼が大砲でうちだしたロケットで月世界に行く物語を書いたのは、たかだか百年前です。
 かつて物語の作り手たちは、未来を思い描くことはできませんでした。今日を生きるのが精一杯であり、数世代後の社会など思いもよらぬことだったからです。
 産業革命は、その状況を一変させました。工業は発達し、教育が充実し、知的階級層が飛躍的に増大しました。もはや、明日は今日の続きではなくなったのです。急激に変化する社会において、初めて語り手は未来を想像するようになりました。秘境へ、海底へ、そして宇宙へと、彼らの想像力はひろがっていったのです。
 星々が単なる輝きではなく、地球と同じような存在であると知り、既存の物語舞台を宇宙に移した物語が発生しました。世界大戦は敵役をナチスドイツから宇宙人に、西部劇はインディアンを宇宙人に、冒険物は恐竜を宇宙生物に、という具合です。はやりすたりはありますが、いずれも今でも新しい物語が作られ続けています。
 宇宙戦争物は、現在でも人気のあるジャンルです。何しろ現実に存在しない相手ですから、最近とみにうるさい権利や倫理を気にする必要はありません。娯楽作品で、特に好んで使われる題材といえるでしょう。
 西部劇は、どの星でも地球型の生命が存在し、言語が通じるという前提で発達したジャンルでしたが、宇宙科学の発達にともない、その前提が崩され下火になっていきました。 しかし近年では、惑星改造によって、人類が広範囲にわたって展開した宇宙を舞台にした作品が数多く作られるようになっています。科学の発達により、もっとも影響を受けたジャンルと言えるでしょう。
 冒険物は、日本人にはなかなか考えつかないジャンルでしょう。それは、大航海時代や大開拓時代を経験していないからです。西部劇が、時代劇で代用が可能なのに対して、元になる物語を持っていない民族の不運というしかありません。また、常に読者を驚かせるような斬新なアイディア勝負となることから、語り手が敬遠するジャンルとも言えます。
 次元の発見による異世界物。コンピュータの発達によるサイバーパンク。遺伝子工学による新生物の創造。SFは、科学技術の発見と発達に伴い、新しい舞台を生み出しながら成長し続けるジャンルと言えるでしょう。
 わずか百年ほどの期間に、これほど多種多様な設定を生み出したジャンルは、いまだかつてありません。したがって、ファンタジーに見受けられるような共通の要素というものもほとんど存在しません。強いて言えば、現在が起点の話、ということです。(たとえば、中世の騎士団が原始時代に現れる話があったとしたら、過去〜過去のように見えますが、タイムスリップという現在の概念が必要なため、SFに入るでしょう)
 物語の舞台となる文明レベルは、一つの物語の中でも多種多様でしょう。主人公達より何万年も進歩している文明と遭遇する話もあれば、その逆もあります。
 魔法も存在するかもしれません。それは超能力であったり、未知の科学であったりするかもしれませんが、何らかの科学的根拠(それがたとえでっちあげであっても)が成立しうれば、問題ありません。
 モンスターは、新しい生き物が次々に登場しています。それは、未知の惑星で初めて出会う生命体であったり、遺伝子工学で生み出されたものかもしれません。これも、出任せであっても説得力のある設定でありさえすれば、問題ないでしょう。
 かくして、新しい神話であり伝説である物語たちがより集まって、SFという分野は無秩序に拡大しつつあるのです。
 新しい世界を、驚きをもって楽しめるのがSFの魅力といえるでしょう。


 3.ファンタジーとSFの比較

 ファンタジーとSF、両ジャンルの特徴をまとめたものが、下の表になります。

表1.対応表
要素 ファンタジー SF
世界 〜中世 現在が起点
武器 刀剣類 舞台による
技術 魔法 
マジックアイテム
科学
生物 モンスター 太古生物
未知生物
新種生物

 世界観をのぞけば、ファンタジーの要素は、全てSFの要素に包有されていることが、この表からわかります。
 しかし、全てのファンタジーがSFというわけではありません。世界観が現在を起点としたものでなければ、それはファンタジーとしか呼び得ません。(各要素をSF的と論じても、「指輪物語」をSFにカテゴライズする意見は、賛同されないでしょう)
 このことから、世界は過去に閉じた物にならざるを得ないという、ファンタジーの限界を察することが出来ます。
 つまり、中世以降に確立された概念を、その世界に導入した瞬間から、その作品は「ファンタジー亜種」ないしは「SF」というジャンルにカテゴライズされる、ということです。剣を銃におきかえ、魔法を科学と呼んでも違和感のない物語は、ファンタジーとしてもSFとしても中途半端なものになってしまうのです。
 もちろん、現代人が現代人に向けた物語を語る以上、その視点に中世以降の考えが入り込むのは当然です。ですが、物語の舞台となる世界、そこに登場する人々に、それが投影されるのであれば、その物語をファンタジーという設定ではなく、別の舞台設定で語りなおすべきでしょう。
 「限定された世界観」こそが、ファンタジーとSFを区別する唯一の条件と言えます。


 4.新たなジャンル

 「極度に発達した科学は、魔法と区別がつかない」
 冒頭の言葉通り、すでに科学は魔法を包有するレベルまで達しています。(もちろん実現していない技術も多いですが)
 従って、魔法と科学の融合をはかることで、ファンタジー世界の限界を打破し、SF世界の幅を広げようという物語が発生したことは、自然な流れと言えるでしょう。それが、サイエンスファンタジーというジャンルです。SFという言葉から派生したことからもわかるように、本来SFの分野に属するものと言えるでしょう。
 もっとも多いパターンが、魔法と科学技術の混在する世界設定です。この場合、科学を魔法と言うのではなく、全くの別物として扱われ、後者に属する人々は中世の範疇から逸脱した考え方を持っています。
 ファンタジーの語り手たちの多くは、この考えを迎え入れました。一つの世界の中に、全く異なる視点を導入できるため、表現の幅が広くなるからです。読者や編集者は、カテゴライズに苦労しましたが、第一印象、すなわち主人公がどちらの価値観に属しているかで判断するようになりました。中世的価値観を強く感じればファンタジー、そうでなければSFとして扱う、という具合です。(または、語り手自身がどちらに属するか宣言する場合もあります)
 ただし、適度なバランスを持って構築された世界でない場合、単なる味付けや、ご都合主義的な印象をぬぐうことができないため、両者が混在する世界でなければならない物語かどうかは、熟考すべきでしょう。中途半端な物語は、読者にインパクトを与えることはできないからです。


 おわりに

 物語を思いついた時、いずれのジャンルにすべきか判断に迷うでしょう。
 まず考えるべきなのは、どのような話を伝えたいのか、です。
 なんらかのテーマを持っている場合もあるでしょうし、先にジャンルが決まっていることもあるでしょう。どちらの場合も、書き始める前に意識しなければならないのは、次の二つだけです。

 (1) ファンタジーならば、世界観は限定される。
 (2) SFならば、新鮮な世界設定で、読者に驚きを与えなければならない。

 そのテーマがその世界と合致しないかぎり、いかに巧く表現しようとも、読者の心に残らないのは確実です。現代を舞台にしても成り立つ話ならば、これらの分野では書くべきではありません。そのような物語は、むしろ現代を舞台にしたほうが印象的な作品になるはずです。読者が求めているのは、ただ、その世界でしか楽しめない物語なのですから・・・・・・


 あとがき

 手当たり次第に読んだ小説、漫画、手当たり次第に観た映画、その膨大な作品の中で心に残っている作品たち。
 忘れ去った作品との違いをつらつら考えた結果を、ファンタジーとSFについて述べてみました。
 各ジャンルとも、その中にいろいろな作品を含んでおり、それぞれをまた細かく分類することも可能でしたが、比較論を重点においたため断念せざるをえませんでした。
 また、時間的な問題から、それぞれの説明に適切な作品をあげることも出来ませんでした。それらは、また別の機会(あるのか?)に譲ることにさせていただきます。
 
 最後までおつきあいいただき、ありがとうございました。
MWM  初出 1999. 2. 5

このページの先頭



図書室・雑文